夜の柩

語るに落ちる

満月の夜に不在の椅子を見つめる

 

伝える相手を持たずにいる言葉たちを呑み込むたびに、腹の中が少しずつ焼け爛れていく気がした。抽斗から取り出した便箋に一頻り綴ってはインクで塗り潰していく作業を繰り返す。書き損じた一枚がどんどん増えていく。床に散らかるのは原型を留めずにぐしゃぐしゃに丸められた紙の山。滲んでシミのように広がる黒を止める術は持っていない。

どんなに言葉を尽くして書き連ねても、どんなにこころを込めても、結局伝えたいと思うものはたった一言しかない。そのたった一言ですら伝えたい相手には届かない。それがこんなにもつらいなんて知りたくなかったし、まだ知らなくていいはずだった。

震えてしまったその文字だけを塗り潰すことができないまま、折り目をつけて宛先不明の封筒に包み、抽斗の奥の奥へと押し込む。

そんなことを、もう何年何度繰り返しただろう。

気づけば抽斗が重くなるほどに詰め込んでいた、こころの一角とも呼べるそこに厳重に鍵をかける。いつか本当に行き場のなくなったその言葉たちが、ガタガタと音を立てて飛び出してこないように。