夜の柩

語るに落ちる

空白は呼吸とイコールか

 

自分には到底持ち得ない綺麗なものに惹かれる。例えば文章に美しさを求めるならどのような文章が美しいといえるのか。

流れるような文章が好きだ。澱みも滞りもなく、丁度いい速さで会話をするように進む文章。読んでいて疲れないことが心地良く、尚且つ時間を置いても記憶に残ってまた読みたいと思わせてくれる文章。それに出逢えたらしばらくは他の文章は読まなくても良いとすら思う。

散乱した文章が好きだ。まとまりも脈絡もない、一見すると意味がわからない、そうであるがゆえに真意を考えずにはいられなくなるような文章。溢れた感情に任せて書いたのだろう支離滅裂な言葉たちは、けれど衝動であってもエンタメとして計算されて読めるようになっているし、相応に意味がある。

小難しい単語が並んだ文章が好きだ。一語ずつ理解するにはこの頭では高が知れている。それでも高が知れているなりに意味を考える。わからなければ辞書で確認する。口に出した時の音が気に入れば反芻する。惜しむらくは気に入った言葉の大半が日常生活では滅多に使わないものばかりですぐに忘れてしまうこと。後でわざわざ覚え直すかといえばそうでもない。それが一番勿体無いのかもしれない。

空白のある文章を愛している。不意に呑み込んでくるような余白とは違う。ひっそりと佇み、それまでの詰めていた呼吸を吐き出す猶予をくれる。そうして次のページへと送り出す。余白ではなく空白がいい。その存在自体が完成された美しさに何よりも惹かれている。