夜の柩

語るに落ちる

ある朝、駅のホームにて

 
朝の地下鉄は人がひしめき合う。狭いなりに一定の間隔を保って二列に並ぶ群れ。眠そうな目をこする背広のサラリーマン、ずっと端末をいじる人、友だちとテストの範囲を確認する学生、キャリーバッグを引いて旅に行こうとする人。その列を通り過ぎて、比較的人が少ない場所に並ぶ。頭上の電光掲示板には「電車は2つ前の駅を出発しました」の文字が流れる。ピンポンと軽やかな音が流れて、また違う文字が流れていく。これをちゃんと確認している人は一体どれだけいるのだろう。対向側も似たような感じで人々が電車を待っていた。あちらの方が一分早く到着する。

まもなく一番ホームに〜という案内が響く。車両が近づく轟音が大きくなって、車体が滑り込むように向かい側のホームへ入ってきた。開かれた扉に出入りする流れを眺めて、出発の音で見送る。その直後にこちら側にも同じアナウンスが流れて、あちら側とは反対方向に向かう車両が到着した。

箱に詰め込まれた人々。開かれた扉から出てくる波。交代で乗り込む待ち人たち。不意に、そこへ入り込む気が失せてそのままじっとそこに立っていた。「発車します、ご注意ください」……扉が閉まる。走り出す車両が速度を上げて、あっという間に暗いトンネルの中へと呑み込まれていく。

一瞬でガランとしたホームに一人残る。あと数分でここはまた人々で溢れかえる。自分もその中の一人には違いなくて、けれどどうしてか、混ざり切らない異物のように浮いている心地だった。妙に落ち着いた不思議な気持ちでもある。一本二本見送っても間に合う時間に出てはいるけど、遅刻の心配なんかより今すぐここから出て外の空気を吸いたいと思った。コンビニでコーヒーを買って、早く白昼夢のようなこの状況から覚めなくてはいけない。一刻も早く。

通り過ぎた改札を戻る人間に視線の一つも寄越さない駅員。硝子一枚隔てた先のそこにも同じ顔が並んでいる。

 

どうしてこの時、電車の中にいる人たちをカオナシのようだと思ったのだろう。