夜の柩

語るに落ちる

朝のはじまり

 
朝に弱い。低血圧と低体温と眠りの浅さによる慢性的な寝不足から頗る朝に弱い。でも会社というコミュニティに所属して雇われているからには嫌でも起きて家を出なくてはいけないので、起き抜けの30分ほど布団の中でじっとしている時間を確保するために早くに起きている。荒療治というには無理矢理感があるけど、低血圧ですぐに動けない、それゆえに頭の回らなさで沸かしたお湯をこぼしたり、物を落としたり、朝にやってしまうとその日一日ナーバスになりそうな失敗を極力減らすため……なのだけど、大体まともな朝を迎えられた試しがない。

その状況は例えば、目覚ましを5分〜10分おきにかけておく。アラームが鳴る。止める。またアラームが鳴る。止める……の繰り返しを4、5回やってからようやく布団から体を起こす。天気がいい日の清々しさには程遠い、地獄から生まれ落ちましたと謂わんばかりの形相。さながらこの世のすべてを呪っているかの如くベッドから這い出て床に転がり壁に頼りながら立ち上がる。この時の壁の心強さたるや。今にも崩れ落ちそうなこの身をしっかりと支えてくれる安心感。ああ、ありがとう壁。毎日すまないね、あいしてる。

そんなこんなで身体が向かうのは洗面所。ヘアバンドで髪を上げてぬるま湯で顔を洗う。この時、何をどうしてか歯磨き粉と洗顔料を間違えることがたびたびある。やたらとスースーするな、と思ったら間違いなく歯磨き粉。研磨した肌、めちゃくちゃ痛い……。

続いて歯磨き。これはそんなに間違えない。が、ここで歯磨きをしながらヤカンでお湯を沸かし始める。ヤカンの蓋をとって水を入れてコンロに置いて火にかける。この4つの工程の間に歯をどこまで磨いたか忘れる。身体はどうにかタスクを同時進行しようとするのに脳はさっぱり追いつかない。しかもその頃には口の中が泡だらけなので舌で磨き残しを確認しようにもわからない。起き抜けの歯磨きはスッキリできればいいと妥協してゆすいで終わる。

お湯が湧くまでにコーヒーミルで豆を挽く。計りできっちり一杯分の10gを計量して蓋をしてコリコリコリ……。カップにフィルタをセットして粉を入れていざお湯を──というところでドリッパーの持ち手にヤカンをぶつけて粉をぶちまける。あわやキッチン大惨事。気持ちも大惨事。

ナーバスな気分で片付けた後は弁当の用意もしなくてはならない。さすがにこんな調子なので何かを炒めたり焼いたり包丁を持つのは危険だと理解している。作り置きしたおかずと冷凍したご飯をチンして詰めるだけでいいようにしているので今のところ大怪我は免れている。が、ここでも何かを必ずやらかす。冷蔵庫を開けるくらいの時間帯にアラームが一回鳴る(起床後は15分刻みで鳴る設定)のだけど、ここで端末を持ちながら冷蔵庫を開けるとおかずを取る代わりに端末を冷蔵庫に入れる。そんなバカな、と思うだろう。自分でも思う。でも、やる。ふつうに、やる。

粗方の準備を済ませた後にアラームが鳴り、音を止めようと端末を探せども探せども見つからない。もしやと思って恐る恐る冷蔵庫を開けた先にキンキンに冷えた携帯とご対面、なんてことを何度もやらかしている。こんなポンコツを遺憾無く発揮した後に着替えという身支度も残っている。衣服を表裏、あるいは前後逆に着てしまうのもザラ。最早お察しの状態になるのは言うまでもない。

朝は戦いであると共に起きることから仕事なので、目を覚ました瞬間から「かえりたい」と思っている。家から出てすらいないのに自然と頭に浮かぶ5文字。これが帰りたいなのか還りたいなのかはわからないけど、憂鬱な気分が生み出す気持ちは碌でもないので深くは考えない。深淵は覗かないことにしているのだ。