夜の柩

語るに落ちる

鞄の中の小宇宙

 

鞄を変える時、いつも困る。一つ買ったら草臥れるまで使い続けるけど、どうしてもこの服装にこの鞄は似合わないという問題が発生することがある。それを回避するために、ここ数年で2、3個違うタイプの鞄を用意しておくようになった。そこまではいい。一番の問題は、持ち歩くものが多いせいで鞄によっては入りきらないか、入ってもパンパンに膨らんでしまうことだった。

携帯、財布、鍵、薬と薬手帳、カードケース、ハンカチ、ティッシュ、リップ、目薬、定期券、つげ櫛、携帯用アルコール消毒、ハンドクリーム、マスクの予備、絆創膏、手帳、文庫本、B5サイズのノート、煙草、時々折り畳み傘。他にも状況によって追加されるものもの。それらをいくつかのポーチに分けて入れている。通常持たなくてもいいものも明らかに入っているけど、必要な時に必要なものがない状況がどうにも恐ろしくて詰め込めるだけ詰め込んでしまう。

必要なものが全部揃っていれば困ることは少ないと思っていた。ただそれは、単純に外出する時だけに適用されるもので、買い物に行く場合は完全に仇になる。既に荷物を持っていて体が重たいから、ここに買い出しで足りないものをある程度まとめて買おうとすればあっという間に重量オーバーで崩れ落ちそうになる。後悔したことは既に数えきれない。それなら中に入っているものを減らせばいいじゃないか、と思うかもしれない。それをすると”この中身でワンセット”だと思っているから、減らしたことに落ち着かなくなるし、場合によっては必要なものが入っているはずのポーチがなくて結局困ることになる。

小さい鞄を持っている女性が少しだけ羨ましいと思う。とても身軽で、困る状況に陥るような鈍臭さもなさそうで、そうなったとしても助けてくれる誰かがそばにいそうで。所謂それは可愛げというものに通じるのかもしれなくて、人によってはあざとく映るのかもしれないけど、重い鞄を持っている側からするととても可愛いものに見える。残念ながらそうして可愛いと羨む側なので、真似しようにもできないし、そもそも誰かに頼るような素直さも甘えもない。

必要なものが全部揃っているから、必要な時は全部自分でできるし乗り切れるよ、というスタンスでいるし、そうでいたいと思ってしまう。身軽で在りたいと思う気持ちに反して身体は荷物で物理的に重くなる。その分ひとりでいる気楽さに救われもする。どんどん小さな鞄は似合わなくなる。

その代わり、友人や同行者には有り難がられることがある。絆創膏やハンドクリーム、マスクの予備、アルコール消毒とか、そのあたりのものをすぐに出すことができるから。色々出てくる鞄を見て「四次元鞄」だの「鞄の中の小宇宙」だのと言われた時は、なかなか悪くないと思った。鞄の中の小宇宙。ミクロコスモス。持ち歩けるほどミクロなのに規模が大きい。今度から自分の鞄をそう呼ぼう。